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院長ブログ

友情の話

2023年11月19日

先日、ラグビー界伝説の名プレーヤーの平尾誠二氏とノーベル賞の山中伸弥先生の友情を描いたドラマが放映されました。

 

平尾さんは僕がラグビーやってた頃と同じ世代ですが、当時は平尾さんのおかげでラグビー人気は絶大でした。

 

僕は弱々しい富山の医学部チームですから、全くレベルは違いますが、僕も平尾さんに憧れてラグビーをやっていた一人です。

 

当時の大学ラグビーは、北陸大学リーグってのがあって、当ラグビー部はそこに一応所属していたのですが、僕が大学2年の時、当時北陸で一番強かった金沢大学本学に96対0で負けたのです。

 

この試合で私は、フッカーといって、スクラムの最前線の真ん中のポジションでしたが、スクラム組んだら相手が強すぎて私の体が浮いてしまい、押すどころではなかったんですね。

 

それに、スクラムがブレークしてようやく密集から出てこれた、と思ったときには、もうトライされていた、っていう苦い思い出があります。

 

その金沢大学は全国大会予選で、当時東海北陸で一番強かった中京大学に約50点差で負け、さらにその中京大学は平尾さんのいた同志社大学に、はたまた約50点差で負けたのです。

 

では、私のいた富山医科薬科大学医学部ラグビー部が、直接同志社と戦ったとしたら、一体どうなったでしょうね?

 

単純には200点差、きっとスクラムが走ったんじゃね?って思います。

 

そのくらいの差があったわけですが、子供が大谷選手に憧れるように、憧れるのは自由ですからね。

 

また山中さんも、僕と縁がないわけではなく、僕が大学5年の時、西日本医学生大会のラグビー競技で、準決勝で神戸大学と戦っているのです

 

当時は、当然山中さんをしらなかったのですが、当時の選手名簿が出てきたので、調べてみると、、、

 

あったのです、「山中伸弥」の名前が!

 

確かに、僕の一学年下でした。

 

僕は、当時はフランカーというポジションで、走りまくって相手をタックルするのが得意でしたので、きっと山中さんにもタックルしてたかもしれないんです!

憶測ですが、、

 

これが、私のラグビーやってた唯一の自慢です。

 

当時の神戸大学ラグビー部は強くて、逆に富山医科薬科大学は注目されていなくて、私らが準決勝まで進んだのは「番狂わせ」と言われてましたので、残念ながら、準決勝では神戸に負けてしまいました。

 

ところでその、憧れの平尾さんですが、大学社会人、Japanの監督、ゼネラルマネージャーなど、ラグビー界で大活躍されましたが、52才の若さで亡くなってしまいました。 

 

当時のニュースは衝撃的でした。

 

今回のドラマは、ノーベル賞をとられた山中さんが、平尾さんの友人で、何とか平尾さんを助けようと奮闘し、平尾さんの闘病生活を支えたという友情の話です。

 

こういうドラマには私弱いんだよなぁ。

 

絶対に泣かないようにしようと決めてたのに、ドラマ始まってすぐ、平尾さんのありし日の姿が出た瞬間に号泣してしまい、最後まで涙がとまりませんでした(´;ω;`)

 

また、平尾さん演じた本木雅弘さんは、とっても平尾さんによく似ていたんです。

 

しかも、最後の姿はガリガリにやせて黄疸がでていて、壮絶な闘病生活が描かれていました。

 

平尾さんは最後まで諦めずに常に前向きで、辛いと弱音を吐くことなく、しかも周りの人達への気遣いを忘れない、強く優しい人間として描かれていました。

 

人間は、死の寸前まで、こんなにも強靭な精神を保っていられるのでしょうか。

 

本当の姿は分かりませんが、少なくともドラマに描かれていた平尾さんは、体力的にも精神的にも強靭な人でした。

これはまさにラグビー精神につながるものでしょう。

 

このドラマのテーマは「二人の友情」なんでしょうけど、僕は平尾さんの強靭さばかりが、心に残りました。

 

私も、最後まで諦めずに前向きに、そして患者さんや周囲に気遣いしながらも、平尾さんの好きな言葉であった「自由自在」に生きていきたい、って思いました。