寒くなってまいりまして、体調をくずされる患者さんも増えてきたようで、当院でも、インフルエンザにかかられた患者さんが数人いらっしゃいます。
皆様くれぐれもお身体大切にされますよう、お祈りしています。
と言っておきながら、先の19日土曜日は、またしても宴会で飲みすぎてしまいました。
富山で、大学の部活のOB会があったのです。
私は、富山医科薬科大学、今では富山大学医学部になってしまいましたが、ラグビー部に所属していました。
私は富山大学の5期生で、すでに卒業して約30年がたち、OBの中ではすでに古株中の古株です。
ラグビー部の創設期を知る、生きた化石になりつつあります。
夕方6時半から始まった宴会では、例によって10分ほど遅れて到着したので、すでに乾杯もすんで、宴会はもりあがっていました。
懐かしい面々があつまっていましたが、残念なことに私より上の先輩はたった二人だけ。
あとは皆後輩で、しかも名前も顔もしらない、はるか年下の後輩が大多数でした。
時代は終わったなぁ、とちょっとがっかりでしたが、顔なじみの後輩は私のことを、「この人が伝説のビロさんだ」、ってみんなに紹介してくれて、鼻高々になり、タックルに燃えた、熱い学生時代がよみがえってきたのでした。
そう、なぜ「ビロ」かというと、1年生のときの宴会で、芸をやれといわれて、当時華形だったプロレスラーのビル・ロビンソンの「人間風車」という技を同級生にかけたことから、あだ名が「ロビンソン」になり、ある先輩が「ビロンソン」といい間違え、さらに言いにくいから、ただの「ビロ」になったのでした。
私たちは、医学部・薬学部しかない、弱小チームでしたが、以前ブログにも書いたように、私は、「あの山中伸也教授にタックルしたかもしれない」神戸大学との試合に出場していたのです。それが唯一の自慢です。
ラグビーの仲間って、どこのクラブもそうでしょうが、なんとなく仲間意識が強くて、皆仲がいいんですよね。
一緒に苦しい練習や怪我にも耐えてきたからね、なんたってOne for all, All for oneですから。
ラグビーやっていてよかったと思いましたよ。
宴会では、皆さんにビロ先輩、ビロ先輩と持ち上げられ、酒の量はすすむばかり、ついに二次会からまたしても記憶がなくなったのです。
気がついたら富山駅近郊のビジネスホテルで寝てたのですが、二次会の支払いも、ホテルの支払いは、全く記憶がありません。
財布から結構なお金が減ってたので、きっといい気になって後輩におごっていたのかもしれません。
めったにないことだから、まぁ仕方ないですね。
でも、悲しかったことが一つ、私の一年先輩が昨年突然なくなったとの話を聞きました。
一緒にスクラムを組んだ仲で、年も近かったから、いろいろお世話になった方だったのに、大変お気の毒でした。
心のなかで、静かにご冥福をお祈りしたのでした。
ちなみに、下の写真、えらそうにど真ん中に座っているのが、ビロ先輩こと、わたくしです。
