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院長ブログ

恩師を偲んで

2020年1月19日

実は、新年早々、悲しいことがありまして。

 

私が医師になったときからお世話になってきた、尊敬する恩師である、O先生が亡くなったのです。

 

私は心の中で泣いておりました。

 

かねてより、久しぶりにお会いしたいと思っていたのですが、昨年12月に体調があまりよくないとお聞きし、お会いするのは諦めまして、これまでの御礼と、これからの先生への励ましの気持ちをこめて、お手紙を書いたのです。

 

その後、お返事がなく、心配しておりましたところ、私の願いもむなしく、1月5日に亡くなったということでした。

 

手紙を出したのが12月末ですから、手紙も読んでもらえなかったのかな、残念、生前に私の気持ちだけでも、お伝えしたかった・・

 

と思って、私としては珍しく落ち込んでいましたが、どうやらご家族の話では亡くなる直前まで意識はしっかりされていて、手紙は読んでくださっていた、とのこと、せめてもの救いとなりました。

 

先生のご遺志により、近親者のかたのみの家族葬を営まれたとのことで、私は参列もせずに失礼をしてしまったのですが、この書面を借りて、先生のご冥福をお祈りします。

 

以下、私が先生の生前の昨年暮れにお送りした手紙の原文です。個人名は、隠させていただいております。

 

 

O先生

 

 突然のお手紙で失礼いたします。

 同級生の「F」君から、先生の病状をお聞きし、一刻も早く先生のところへお見舞いに伺いたい気持ちでいっぱいですが、先生のご容態が安定しないとお聞きし、一筆書かせていただきました。

私は今日、一脳外科医として、一臨床医としてやってこられたのも、「T」先生(元教授・故人)と「O」先生のおかげと大変感謝しております。

 

 まず、私は国立水戸病院へ赴任して、研修医の時点で、個人的な問題で失敗して、躓いてしまいました。水戸病院の大先輩である「S」先生からは、私が脳外科医として失格だから辞めさせろ、と言われたのを、そのとき、先生は私をかばってくださいました。

 

6年目で病棟チーフをやらせていただいたとき、後輩と飲みに行っていたのを、もっと真剣にやれ、とたしなめられ、厳しい先生と感じました。

でも、その数年後に横浜新都市病院で、先生の下で働かせていただいた時は、とてもあたたかくご指導いただきました。たった半年間でしたが、先生に手術をたくさん教えていただき、夜はお互い単身赴任だったこともあり、何度も飲みに連れて行っていただきました。先生は覚えてらっしゃらないかもしれませんが、私が博士号を取得させてもらって、横浜に帰ってきた翌日にも、二人でお祝いにのみに連れて行っていただきました。とても仕事の面も、私的な面も、濃密な、楽しい半年間でした。私と何度も飲みに行ったせいで、膵臓がんを発症させてしまったのかと、申し訳ない気持ちです。

 

そして、6年前に私が開業しようかどうしようか、迷っていた時、先生に真っ先に相談させていただきまして、「大賛成だ!がんばれ」と背中をおしてくださいました。お陰様で、私も開業5年がたち、軌道にのって元気に仕事させていただいております。

 

昨年の春に、先生にお会いした時は、お元気なご様子でしたので、安心しておりました。ところが、また抗がん剤治療など、大変なご苦労をされているとお聞きしました。そのご容態は想像を絶すると思います。

でも私には、先生が、「T」先生のもと、豪快に私たち後輩をひっぱり、励ましてくださっていた、お元気な姿しか思い浮かびません。どうか、またお元気な姿にもどって、また私たち後輩をご指導してくださる日が来ることを、待ちわびております。

きっと「T」先生からも、「O~!しっかりしろ~」と会津弁でお声がかかっているに違いありません。私も必ずや、先生がお元気になられたら、お会いしたいと思います。

どうか、もうひと踏ん張り、先生、お願いします。

 

楠瀬睦郎 拝